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もみじ

2021, 男性, ネグレクト・心理的虐待

道のりのタイトル


みんな、少しでも違和感を感じたら脱出してほしい。重症化してからでは大変。

家庭状況や脱出の背景


我が家は子供を奴隷としてしか見ておらず、子供に面倒な世話をさせ、八つ当たりをする両親のもとに生まれました。親戚、大人に見せびらかすため私をいい大学に入れようと必死で、過剰すぎる勉強を押し付けてきた。23歳のころ、偶然子供虐待と向き合う福祉職の先輩に虐待を私が受けていることを指摘され、当時文字の読み書きや外出もままならない中5年かけ脱出。警察や虐待相談センターに相談してもまるで役に立たなかった。

これから逃げ出す人へのメッセージ

この記事を読んでいる皆さんは、おそらく親に何らかの形で苦しめられている方が大半かと思います。それでも、「この程度で虐待、毒親と呼んでいいものか。皆我慢しているではないか」と罪悪感に苛まれて迷っているのではないでしょうか。世間の評価はどうあれ、親に少しでも苦しめられたら毒親と呼んでいいと思います。周囲に理解されるのは困難です。せめて自分だけはどんな時も味方でいることが脱出成功のカギだと思います。

逃げ出すまでの道のり

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知人

#全て

#悩み

#味方

地元の議員が助けてくれた

役所や病院、警察はあてにならなかったので八方ふさがりの状態が長く続く。ダメもとで地元の共産党の議員に相談したところ、助かった。ただで話を聞いてくれたり、親との連絡を代理で無料で行ってくれるソーシャルワーカーの紹介をされ、そこで1年ほど態勢を整え脱出。生活保護の準備や支援団体の紹介もしてくれて脱出後の資金難にも対応できた。

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一人暮らし

#大学生

#成人

#一人暮らし

#準備

安心して眠ることができた

1年ほど議員やソーシャルワーカーに生活相談していたある日、親とかかわることがどうしても耐えられなくなり脱出。1年ほど深刻なフラッシュバックに苦しめられたが、夜中親に襲われる心配がないことは何よりありがたく、安心して眠ることができた。

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こども食堂

#全て

#団体

自炊ができなかったので利用した

ともかくまともに自炊できる状況ではなく、誰も食事を作ってくれないことがプレッシャーだったのでただでまともな食事にありつけたことは助かった。毎日はなかったのでそれ以外の日は自炊した。